デリヘル人情劇場『逃げた女 関東編』完結編
2002年10月8日あくる朝、ホテルの部屋をノックすると
まもなく和美は部屋から出てきた。
「おはようございます」
深々と頭を下げた和美は、部屋に入って下さい。
と招き入れた。
おそらく一睡もしていないであろう和美の目には、
大きな隈が出来ていて、まるで1日が数年も経ってしまった
かのように思えた。
「昨日は一睡も出来なかった?」
コクリと頷く和美とほぼ同時に「そっか」
とそっけなく答えた。
これは警察の取調べなんかでよく使う手で、
相手が答えた矢先に、相手の答えを想定した
いかにも、「すべてがお見通しです」のように答える。
すると相手には、たとえ誰にでも想像の付く答えであっても、
こういう切羽詰った状況では、かなりの精神的圧迫を与える。
相手を追い詰める時に使う会話方法である。
「・・・逃げなかったんやね」
「・・・はい。
あのっ・・話・・聞いてもらえますか・・」
「ぅん。時間はいっぱいあるから、ね。
ゆっくりと話していいから
全部終わるまでちゃんと聞くから、
何があったか聞かせて。なっ。」
相手を一旦追い詰めておいて、相手が話す気になったら
時間をゆっくり与えて話を聞く。
これも相手から話を全て聞きだす有効な手段。
ポツリ、ポツリと和美は話を始めた。
和美には彼氏がいた。
故郷の宮城で知り合った彼は、自分で何か店を持ちたいと夢を語り
和美を連れて関西にやってきた。
店を出す計画自体もあやふやで、金にも困りだした二人は
やがて、無許可の風俗店を始める。
そして、その店で働く風俗嬢を彼女である和美になってくれと頼んだ。
無許可営業の店は雑誌、新聞に広告さえ載せることも出来ず、
いわゆる「ピンクチラシ」を各家庭のポストに投函することしか
客引きの方法はなく、もちろん経営は成り立つはずもなかった。
ポストに入っているチラシが20枚あったとする。
全ての電話番号は違っていても、実際は同一店舗が数本の電話回線を所有しており
20枚のチラシならば、4〜5件の店が、チラシの種類を変えて
ポストに投函しているのが常識。
チラシにも客の気を引かすために、かなりの労力を使い作成されている。
素人が今日作って、すぐに客を引けるほど簡単ではない。
ある範囲で店を展開していた和美の彼は、
自分の行く場所場所すべて入っているポストのチラシからある店に狙いを付け、
ノウハウを教えてもらうべく、電話をかけた。
それが、うちの店であったのだ。
私はもちろん、風営法に届出もしていない店を相手にする訳もなく、
後日考えて連絡しますと答えた。
いつまでたっても連絡の来ない彼は、もう一度電話をした。
次は和美を使い、面接を受けさせ、自らをうちの店に入店させて
ノウハウを盗もうとした。
彼女は、彼のために店の運転資金を金融屋で工面させられ、
知らぬ間に借金は莫大に膨れていた。
店に入り込み、3日目に彼女が面接で言われた通り性病検査に行くと、
彼の店で付いた客から「淋病」に感染していた事が判明した。
彼女は、彼にその事を話すと、彼は激怒し頭を抱え込んだと言う。
彼の耳にも「爆弾」という言葉は届いていたそうで、
和美が「爆弾」と疑われたならきっと和美はうちの人間にゲロをし
彼自信が捕まると思ったのだろう。
次の日に彼は、和美を捨て携帯も解約し和美の前から去って行った。
彼にとって和美は金の種くらいにしか思っていなかったのだろう。
和美は捨てられたという事実と、どうしようもない不安にかられ
留守番を任された隙に、自分の逃げる為だけの金を盗んで、逃げた。
「この金だけは、必ず返す気でした・・・」
和美は泣きじゃくりながら、そう言った。
店のうまくいかない彼は、次第に和美に暴力を振るい出し、
アオアザを作る日も多々あったという。
人が変わってしまった彼の恐怖を忘れる事が出来たのは、
たまたま声をかけられて付いて行ったホストクラブだけだった。
「どんな状況であってもそんな彼に捨てられたっていう結果は、
君にとって良かったのかもょ」
そんな言葉しかかけれなかったのを覚えている。
「店長さんのお店でもう一度働かせてもらえませんか?
一生懸命働きます。命がけでがんばります。
だから、だから、警察だけには・・・警察だけは・・・。
お願いします。お願いします。許してください。お願いします」
声にならない声で、和美は言った。
「あのね。うちの被害は、5万円と淋病くらいのもんょ
それくらいで、時間割いてまで探さないって・・・。
元から君をうちに入れる為に探してたのよ。
今日の朝に君の借金はすべてうちが立て代える準備済ませたから、
これからは、元金だけうちに返してくれたれいいから。
ホントの悪人が5万だけパクって逃げないからね
でも、彼はどうなってるかは、オレの知る範囲じゃないからね。
それで商談成立でいい?」
和美は何度も何度も頭を下げ、「ありがとうございます」を繰り返した。
「時間もあるし、ディズニーランドでも寄って帰るか!」
そう言ったか言わない間に彼女は
「はい!」
と言った
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関西に帰る道中、
車の窓から見えた紫陽花の群落を見つけた。
和美は、
「わぁ!きれぃ」
と言い、届くはずもないのに手をいっぱいに広げ、
掴めぬ花束を胸に抱いた。
その仕草は、
今でもはっきりと覚えている。
彼女はどんなものを胸にだきしめたのでしょうね・・・。
彼女も
ごく普通の1人の女性なのです。
ほんのちょびっと、道を踏み外してしまっただけの。
ただそれだけのコトなのです。
おしまい
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