「あのぉ今からでも面接ってやってもらえますか?」

午後10時をまわった頃だった。
デリバリーヘルス【Brutus】は一日で一番忙しい時間帯だった。

「できれば出張面接に来てほしいのですが?」

「今からですか・・・2時間後にこちらの指定場所で待ち合わせ
という事は可能ですか?」

うちは基本的に向こう側の指定する場所には行かない。
あくまでも、こちらのペースに合わせてもらう。
付け上がらせない為でもあるが、指定された場所にノコノコ入って行き、
入った所をいきなり怖い方々にドカッっとやられては元も子もないからだ。
必ず面接はファミレスや、喫茶店、もしくはこちらの事務所で行う。

「ちなみに今どちらからお電話ですか?」

「※区の○○っていうホテルです。」

「○○!?・・・。○○ってあのホテル○○ですか?」

彼女のいうホテルはホテルとは名ばかりの、一泊2000もしない
ボロ宿屋だ。そんなホテルが今なお営業出来ているのは何故か?
そのあたりはご自身で考えていただきたい。

「その303号室です。私はシホと言います。
この業界の経験はあります。伸長は153cmバスト85ウエスト57・・・」

彼女は電話口で自己紹介をはじめた。
面接に電話してくる女性はみな小さな声で、怯えた感じの声でかけてくる
この業界が初めての人なら尚更そうである。
幾分の経験がある人でも、ここまでハキハキと話し、
電話口で自己紹介を始める女性ははじめてだった。

「失礼ですが、身分を証明するモノを今持ってますか?」

「はぃ。すべて揃ってます。よろしくお願いします」

普段、デリヘルという仕事柄、声を聞き、その人柄や人物像を想像している
このシホと名乗った女性はリスクを背負ってでも、
あちらの言うホテルに出張面接に行く価値がある
そんな気がした。それも早急に行くべきだと思った。
そして何よりも、この女性の「わけあり」が知りたかった―――――――

「わかりました。では今から30分以内にそちらに伺います。」

電話を切り、すぐさま面接の用意をしホテル○○に急いだ・・・

彼女の宿泊するホテルに着きフロントに入ろうとするが、
どうも足が進まない。
このホテルから客が店に電話を入れてきても、
決してウチの女性を派遣することはない。
全くの無関係の一般の方ならどうだかしらないが、
少々事情を知ってるモノならここには立ち入りたくないのである。
はたして彼女はそれを知っていて宿泊しているのか、知らずか・・・
それともやはり部屋に入った瞬間に数人の男に取り囲まれてしまうのか・・・

しかし、彼女と会ってみたいという感情が勝り、フロントに足を入れた。


フロントに人影はあるものの、こちらに気を止めるでもなく、
フロントはテレビに見入っていた。
そして小さなロビーには無国籍状態で色々な人種、
そして様々な風貌の人が行き来している。

今にも壊れそうなエレベーターに乗り込み、303号室に向かった。

意を決し、部屋を コンコン とノックする。

しばらくし、「どーぞー。空いてます!」
と中から声がする。

恐る恐る部屋に入ると怖そうな人の姿はなく、
代わりに、小柄な女性が向こう向きでテレビに噛り付いていた。

かなりの音量で浜崎あゆみが歌っていた
彼女はテレビに食い入り、振り返ろうともしない。


居場所がなかった 見つからなかった
未来には期待出来るのか分からずに

いつも強い子だねって言われ続けてた
泣かないで偉いねって褒められたりしていたよ
そんな言葉ひとつも望んでなかった
だから分からないフリをしていた


出来すぎたシュチュエーションだったが、
これが彼女の全てだった。


歌が終わると彼女はこちらを振り返り、
「わざわざありがとうございました」
と深々と頭を下げた。
なぜか彼女の目には涙があった。

こちらを見上げた姿はきっと道で100人とすれ違ったなら、
100人が間違いなく振り返るであろう そんな女性であった。
涙を拭い、真っ直ぐこちらを見つめ、再び話し始めた。

「名前はシホと言います。
わざわざこちらまで来ていただいて有難うございました。
早速なんですが、まず1つ質問させて下さい。
そちらには寮完備と書いてありましたが、すぐに入居できますか?
私は今日中しかここに宿泊出来ません。
今手持ちが200円しかありません。ですので、
寮に即入居出来ないと困るのですが・・・」

その一言でなぜ出張面接にこだわったのかのかが分かった。
待ち合わせの場所に行こうとも、その行く金さえも持ち合わせていない。

「あいにく、寮は今満室だけどね、うちの事務所に空き部屋があるから
そこでしばらく寝起きして、寮が空き次第に即入居という事でどう?」

彼女はありがとうございます。
深々とお辞儀をし、大きな目はこちらからそらすことは無かった。


「あのさぁ、ここですぐに簡単な面接するのもいいけど、
手持ち200円じゃ何も食ってないんじゃないの?
とりあえずコンビニで何か買ってくるから、それ食べながら話ししない?」

彼女はもう一度ありがとうございます。
と答えた。

ホテルを出て、真っ先に麗華の携帯に電話を入れる。

「アイヨー。親分サン麗華デゴザイマスゥ ご無事デヤシタカー
コチラハバリバリ仕事ジュンチョーネ 」

「あのなぁ。しばらくしたら女の子一人連れて帰るから、
うちの仮眠室を綺麗に掃除しといてくれるか?忙しい時に申し訳ない!」

「ソンナ事アヤスイ御用でヤンスョー!麗華にオマカセクダセぇ〜」

「アヤスイ御用じゃないょ。それを言うならな、お安い御用って言うの」

「アーー麗華マチガイネ オヤスイオヤスイアルネー!きゃはは〜」

すっかり「勘ちゃん語」がお気に入りになった麗華が相変わらず屈託の無い声で答えた。

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