『ブリ照り恋物語』その1
2002年12月9日いつものごとく、すこぶる滑りの悪い引き戸引き、ノレンをくぐる。
「いらっっしゃぁぁぁぁ!」
かれこれもう40年近くこの店、
「マルトミ食堂」の看板娘を名乗るおかみさんの声
「今日のおすすめ何?」
「今日はいいブリ入ったから照り焼きにしな!
ぶりっぶりのブリだぁぁ!がはははぁ!」
70過ぎの看板娘のくだらないダジャレはさらっと聞き流す。
寒ブリと言われる冬のブリは脂がたっぷりと乗り、実に美味い。
「じゃぁブリ1つ!」
「あぃよ〜っ!3番さんブリ照り1丁ぅぅ!」
厨房いる旦那の返事はここへ出入りしてから一度も聞いたことが無い。
いつもの通り、奥から2番目のテーブルに腰を掛け、茶渋で濁った湯のみにセルフサービスのお茶を注ぎ入れる。そしてこれまたいつもの通り、NHKに合わせてあるチャンネルを民放に変える。
すべてがいつもの通りに流れゆく。
しばらくして、またすこぶる滑りの悪い引き戸が引かれる。
「いらっっしゃぁぁぁぁ!」
最近よく見かけるOL風の女性が閉店間際のマルトミ食堂に入ってくる。
「おばちゃん 今日のおすすめまだある?」
年の頃は25〜6。
均等の取れた顔立ちに、肩下まである栗色のロングヘアー。
黒のスカートに赤のセーター。
この薄汚い食堂には似合わない美人である。
「スライディングセ〜フ!
今日はいいブリが入ったから、ブリの照り焼きにしな!
最後の1つだょ!あんた運がいいょ」
相変わらずつまらない一言を付け加える看板娘。
ここへやって来る客が、
このおかみさん目当てに通って来ているとは考えにくい。
しかし、旦那の作る定食の味は一級品。
いかにも頑固一徹といった旦那の作るメシは、
ここへやって来る誰もがうなずく味なのだ
きっとこの子もマルトミの味に惚れた一人なんだろう。
この女性はいつも出入り口に一番近い手前の席に座る。
筈なのだが、今日は違っていた。
「ご一緒してもいいですか?」
いつもの流れが狂いだした・・・・。
下の12月8日分につづく。。。
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