デリヘル人情劇場 『放免桜』 ♯00 プロローグ
2003年4月10日プロローグ
ほんの数名にしか知られていないのだが、
多くの思い出と、多くのこころが詰まった一本の桜の木がある
その桜は今でも毎年満開の華を咲かせている。
多くの思い出と、多くのこころが詰まった一本の桜
この桜木を『放免桜』という。
大川の流れる都島区桜ノ宮
ここは桜の名所で有名である。
この時期、花見の見物客で賑わうこの川縁だが
やっと陽の昇ったこの時間に、まだ人影はまだらであった。
「ワシものぉ、デカの頃には数知れない人様の人生に首を突っ込んだ。
でり坊、ム所から放免になってお天道様の下に出てくる人間はのぉ、
この桜の時期が一番多いんじゃのぉ・・・
何故だか分るかぁ?」
桜並木に並ぶベンチに腰を下ろし、当店【BRUTUS】の相談役である鎌田のおやじがゆっくりと話し始めた。
「さぁ・・。 なぜです?」
「桜はのぉ、心を思い出さすんじゃょ。日本人の「こころ」をのぉ。
閉ざされた塀から出て、この時期放免になったヤツらはのぉ、
多くが桜の咲く場所へ足を運びたくなるという。
そして桜木を拝んでのぉ、自分の犯した罪を今一度こころに刻み込み、
来年もこの桜を拝めるよう人生一からやり直す。
桜の花は日本人に刻まれた「こころ」が宿っておるんじゃのぉ・・・。」
桜の木の下で宴会をしたという記述は『日本書紀』にも書かれている。
太古から桜は日本人に愛され、親しまれてきたのだろう
桜は日本人の「こころ」をずっと癒してきている
「一度罪を犯した人間が、例えその罪を償って放免になったとしてものぉ、
本当の放免はやってはこないんじゃのぉ・・・。」
「本当の放免ですか・・。」
「そいつに命ある限り、本当の放免はやっては来ない。
そういうことじゃの・・・」
この鎌田氏は元刑事であった。
定年を前に退職をし、今は小さな探偵事務所を開き生活の糧としている。
話の最後に「の」とか「のぉ」と言うのが彼の口癖であり、
店の者達は彼を「ののじぃ」と呼んでいる。
「でり坊。今年の桜もよぅ咲いとるのぉ
この桜はのぉ、『放免桜』じゃ・・・
勘蔵にものぉ、やっと本当の放免がやってきたわぃ・・・。」
ベンチから立ち上がり、一本の桜の木をポンポンとたたき、
ののじぃはゆっくりとまたベンチに腰を下ろした。
「でり坊、オマエさんの事もなぁ、ちいと調べさせてもろうたわぃ。
オマエさん、もう全て終わっておろうが・・・。」
ののじぃの言いたい事はよくわかった。
私にもこの風俗という世界で働く理由があった。
たまたま結果が風俗という闇夜の世界だったのかもしれない。
だがその根本の理由はデリバリーヘルス【BRUTUS】で働く女性従業員たちと同じである。
この仕事を長々と続けられるものではない。
また、続けてゆくものではない。
「そうですね。私もそろそろ引き際ですね」
勘蔵さんのために名付けられたこの「放免桜」の下で、
この世界での散り際を見定めた。
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昨日、夜勤明けのその足で大阪の桜ノ宮へ行きました。
もちろん桜を見にね。
満開の時期を少し過ぎてはいましたが、
今年も見事な桜が咲き誇っていました。
桜ノ宮を流れる大川の遊歩道を歩きながら、あの頃を冷静に振り返ることが出来た自分に、少しは成長できたか と思えました。
もちろん「放免桜」も立派に花を咲かせていました。
沢山の思い出や、沢山のこころが詰まったあの桜は、
やはり私にとっても「放免桜」なのであります。
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