デリヘル人情劇場 『放免桜』 ♯18
2003年7月8日喫茶の奥のテーブルに女将が既に座っていた。
和風旅館に着物の女性、
なんとも画になる。
「わざわざありがとう御座いました」
ゆっくりと、丁寧にお辞儀をする女将の表情は、
先ほど私を出迎えてくれた女将とは別人のようであった。
もう何度もこんな緊張感に出会ってきたな・・・。
女将はゆっくりと手で私に座るようにと促した。
まるで「お座りなさい」というように・・・。
「先日鎌田とおっしゃる調査会社の方がお見えになりました。
うちのサカシタについて聞かせてほしいと・・・。
ある程度のお話はその時に伺いましたが、もう一度、
その調査会社に依頼をなさったあなたから、今回の目的を聞かせてはもらえませんか?」
この言葉に私の緊張は一気に高まった。
オレは今何をしようとしているのか?
ワケアリな者達が集まり、風俗という世間に背を向けながらただ唯一
「金」という繋がりだけで日々を共にする我々、
その目的のみの関わりである者達の生活、人生に今足を踏み入れて行こうとしている。
全てを見越し、尚且つどこまでも冷静なこの女将の表情に
今までに無い恐怖を感じた。
若造が・・・。
そんな女将の心の声が聞こえてくる
「私は大阪のとある場所で世間一般に言われています『風俗』と言われる店をやっております。
そこにサカシタという女性が在籍しており、ここに勤めておられる女性の娘であるという事が調査会社の報告で挙がってきました。
ウチで働いているサカシタは今回の件は一切知りません、私の独断で今回母親であるサカシタミユキに会いに来ました。」
「会ってどうするおつもりですか?」
「会ってから考えるつもりです」
「そんな簡単な問題ですか?」
「真剣だからこそ、答えを出す前にやってきました」
女将は私の実の母親と同じほどの年代か?
その言葉の一つ一つが私を諭すような、言い聞かせるような口調で、
だがそこには一つの堅い意思を持った言葉が投げかけられる。
あなたがしようとしている事をよく考えなさい・・・。
でしゃばるんじゃない・・・。
そう言っている。
「サカシタはこの旅館に2年程前にやってきました。
仲居として全国方々を転々としているようです、うちはサカシタの力を高く評価しております。行く行くはウチの従業員の柱となって、ウチで骨を埋めてほしい、そう私は考えております。
何があって全国を転々としているのかはわたくしの知る所では御座いませんが、サカシタの生活を預かる女将として、
少々の事情は聞いております。
あなたもどんな世界であれ、人を束ねる立場におられるのなら、
わたくしの言いたい事は解っていただけるでしょう?」
事を荒立たせるな・・・。
その通りだなと思った。
人の運命を左右するかもしれない岐路を
この手でお膳立てしようとしている。
だが・・・。
人生に岐路はつきもの、
そんな事は嫌と言うほど味わってきてんだよ・・・。
「女将さんは今、サカシタの生活を預かる女将として・・・
そうおっしゃいましたが、私はその娘さんの
”人生” を今預かっています。
私はたかだか26の若造です、ウチで働く者は皆ほんの少し道を外れてしまった者が働く場所です、若いヤツは18歳、上は35歳
身を削ってやり直している奴らの人生背負ってやってるつもりです。
どういう経緯で娘を捨てて出て行ったか?そんな事は知る所じゃない、でも、母親が存在するのかしないのか?生んだ責任を放棄してソチラのサカシタさんが一生をマットウ出来ますか?
女将さんの見込んだ女性はそれで本当に今幸せですか?」
情をかけてはいけない世界だからこそ、
深い情けが存在する。
そんなもんなんだ・・・。
女将はしばし黙り込んだ。
そして、
「あなたは2人を会わせる気ですか?
それがサカシタの家族にとって最良の方法とお考えですか?」
と、それまでの口調とは明らかに違う口調で言った。
「会う会わないは本人の意思で良いと思っています。
ただ、まず母親に会う意思がなければ、どうしようもありません。
会いたくも無い娘に嫌々会っても本人が傷つくだけですから・・・。」
「わかりました。
サカシタはチェックインの際に申しました通り、お客様の仲居としてお世話をさせていただきます。」
夕食まであと1時間と少し
本日3杯目のアイスコーヒーはどこまでも苦く感じた。
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