デリヘル人情劇場 『放免桜』 ♯21
2003年7月14日「いつからお気づきでしたか?」
珠のような大粒の涙をこぼす彼女は、
「お客様のお部屋に上がらせて頂いた時からですよ」
と答えた。
「大阪から2人も男性が単身で来る事なんてありませんから・・・
それに、お客様をお見かけするのは初めてではありません。
正確に言うとお顔を見たのは初めて、
以前は後姿でした・・・。」
言葉を失った。
「以前に来られた方は調査会社の方でしょう?
私は何度もそういった方に探される度に全国を転々としましたから・・・。
但し今回は違っているって思いました。」
「旦那さんから今でも逃げておられるんですか・・・」
「そう。一度籍を外してほしいって連絡を取ってから何度も何度も・・・。」
「私を見た事があるっていうのは?」
「調査会社から逃げてるくせにね、私も雇った事があるんですょ。
娘を探してほしくてね、今更どんな顔してどんなに謝っても許されない母ですけど、せめて遠くからでも一目見たくてね・・。」
驚きだった。
私よりも先にシホの母は動いていた。
「さすがシホのお母さんですね。
どこをとってもそっくりです」
「大阪の京橋に松井って言う焼肉屋さんがありますよね」
そこは我々が仕事を終え朝食に行く行きつけの焼肉屋であった。
昼夜逆転の我々にとって、皆の朝食は夕食になる。
「調査会社の方にそこにシホがいるって聞いて、3日目にやっと皆さんがいらっしゃったの・・・。
あなたは後姿しか見てませんでしたけど、
今日直ぐにピンときました。」
素直に嬉しかった。
シホのことを気にかけている母親であったという事に。
しかし、同時に心配な事も出てくる。
「ということは・・・。」
「えぇ、知っていますょ。
シホの仕事も、あなたのしごともね。
シホを大事にしてくれている事、皆さんを拝見してよ〜くわかりました。
本当にありがとう御座います。
あなたが店長さんさんでしょう。若いのに大変なことして・・・。」
サカシタミユキは一人の母親になっていた。
「シホに会いたいという気持ちはおありですか?」
「もちろん・・・・。
その気持ちだけが私を生かしているんです
たった一人の同じ血の通った娘です
ただ、私が自ら名乗り出る事は今更許されないことですね」
母の涙は止む事をしない。
「シホはお母さんを忘れてはいませんよ。
『物語ですから・・・』って言葉、彼女がウチで働くこととなった切欠の言葉なんです。彼女の物語はまだ終わっていませんよ・・・。」
「その言葉はシホを置いて私が消える前日に彼女に話した言葉なんです。会いたいって気持ちがあれば、いつかは会えるんだよって・・・。
あなたはあなたの人生の主人公だから自分の物語は自分で作れるんだよ・・・って。」
5歳の少女に託された言葉は、しっかりと心に刻まれていた。
「もう少し時間を下さい。
いつか必ず娘さんと会える日が来ますから。
それまでここに居て下さい。
その時まで、責任を持って彼女の人生引き受けておきます。」
傷を負い、罪を背負う一人の母が放免になる日は、
これよりもう少し後の話となる。
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